はじめに
増田康宏四段による堅陣で圧勝! 対振り銀冠穴熊の発刊を記念とした特別インビュー記事が「将棋情報局」にアップされた。
book.mynavi.jpその内容は衝撃的なものだった。
私の見解をまじえつつ、特に印象に残った個所を紹介していきたいと思う。
対振り銀冠穴熊のメリット
この銀冠穴熊の箇所については将棋世界 2017年7月号に詳しく掲載されるとのこと。
しかし、一部分だけでも非常に興味深い。
――角道を開けたまま駒組みすることにはどのようなメリットがあるのでしょうか?
「▲6六歩と角道を止めてしまうとどうしても囲いが弱体化してしまいます。歩はできるだけ下にあった方が堅いですから」
この箇所はまさになるほどという解釈。
下図は▲6六歩と角道を止めた形の銀冠穴熊だが、上部を補強するために▲6七金上とせざるを得なく金銀を密集させにくい。
それに対し、下図は▲6七歩型の銀冠穴熊。
歩が下にあるので、▲8八金、▲7八金型の非常に強固な陣形にすることに成功している。
ソフトの評価値的にも、▲6六歩型の銀冠穴熊より▲6七歩型の銀冠穴熊のほうが+300ほど評価値がよいのは前回の記事で紹介した。
www.fgfan7.com先ほどの増田四段の発言はさすがプロというもので急所を見抜く力がずば抜けていると感じた。
今から新刊を読むのが楽しみである。
反則をしたことがない
その後のインタビューでも興味深いものが続く。
増田四段の将棋を覚えてからの圧倒的スピードでの成長にも驚かせるが、それにもましてビックリするのが次のエピソード。
Q2、最初にしてしまった反則は?
「反則、したことないんですよ」
――えーー!?そんな人がこの世にいるんですか!
「ええ、ないと思います」
将棋を覚えたての時期に駒の動かし方を間違えてしまったり、行き所のない箇所に駒を打ってしまうといった経験のある方も多いと思う。
ましてやプロが公式戦で二歩を打ってしまうこともあるほど。
もちろん、今こうやって記事を書いている私もアマチュア大会で二歩を打ってしまったことがある。
この反則をしたことがないという増田四段のエピソードには大器の片鱗を感じさせるものだ。
矢倉は終わった?!
次に得意戦法の話題になるのだが、ここでも増田節が炸裂している。
ー得意戦法は銀冠穴熊だと答えた後、他にあるかと聞かれー
「最近だと、雁木です」
――が、雁木!?雁木ですか。
「はい。矢倉は終わりました」
――ホントですか?矢倉って終わったんですか?矢倉の何がダメなんでしょうか?
「桂馬が使えないんですよ、矢倉は。▲6六歩・7七銀という形にすると7七の銀は基本的に動けなくなります。これでは桂を飛ぶスペースがありません」
――玉側の桂のことですよね。▲7七桂と跳ねたいということですか。
「跳ねるかどうかは分かりませんが、跳ねる余地があるということが大きいんです。あと、雁木は囲いのバランスがいいですね。矢倉は偏ってしまうのでダメです」
本インタビュー記事の中でも白眉となる部分だ。
このコンピュータ将棋研究Blogでも矢倉の旗色が悪くなりつつあるのは今まで何度か記述してきたが、ここまで思い切った発言が飛び出したのは衝撃的だ。
矢倉ー雁木といえば、直近の第27回世界コンピュータ将棋選手権での読み太VSponanza戦の2局が思い出される。
※上図の2局はそれぞれ二次予選、決勝ラウンドで指されたもの。
結果は両方ともponanzaの勝ち。
雁木は囲いのバランスがよく、矢倉は偏ってしまうという点について自分なりの解釈を書いてみたい。
まず矢倉から。
・7八の金にヒモがついていないので△6九銀が厳しくなりやすい。
・8八の角がそのままでは使いにくい。
・7七の地点に銀がいるので△6五歩〜△6五桂といった攻め筋で銀に当たってしまう。
これらが矢倉囲いは偏っていると言われるゆえんだと思う。
次に雁木について。
・8八角(居角)が使いやすい。
・金銀の連結がよい(すべてヒモがついている)。
・7七桂と跳ねるスペースがある。
これらが雁木のメリットであり、バランスがよいとされる理由だと考える。
増田四段の言う、桂馬を跳ねる余地があるのが大きいという見解は思いの外大きく、場合によっては▲6五桂から左桂を攻めに使う指し方も出てくる。
現代将棋では序盤早々に桂馬を跳ねて仕掛けていく将棋も増えてきており、雁木は古来からある戦法ながら現代風の構えであるとも私は思う。
格言は意味がない?!
またまた衝撃的な見出しになったが、ここでも増田節が炸裂。
Q8、好きな将棋の格言は?
「特にないです」――ないんですか(笑)?
「ええ、格言とか、あまり学んでこなかったのでよく知らないんです」――「玉の早逃げ八手の得」とかあるじゃないですか。格言を軸に考えたことがない、ということでしょうか。
「そうです。格言、意味ないですよ。場合によるじゃないですか。最近は玉と飛車が接近したほうがいいこともありますし。柔軟な考え方ができなくなります」
私も何度かTwitterで格言について言及してきた。
相矢倉から加藤流。
— suimon (@floodgate_fan) 2015年9月15日
このタイミングでの▲96歩は前例はあるのだろうか。
やや早い感じの歩突きで後手から端攻めをされる恐れがある。実戦もそのような展開となった。結果は先手勝ち。
矢倉囲いに端歩を突くなという格言も絶対とは言い切れない。 pic.twitter.com/7NicjKt6u3
最近思うのは、コンピュータ将棋によって将棋の格言には例外がかなりあるということが発見されていくんじゃないかなという事。
— suimon (@floodgate_fan) 2015年9月15日
結局、現代では角交換振り飛車が当たり前になったけれど、当時は「振り飛車には角交換を狙え」という格言がまかり通っていたので△4五歩のような手は御法度で盲点だったのだろう。
— suimon (@floodgate_fan) 2017年1月13日
格言は取り扱いが難しい。
— suimon (@floodgate_fan) 2017年3月19日
初段前後の人にアドバイスすると、格言は「そういうのもあるな」程度の認識くらいがちょうどいいと思う。
あまり格言に固執しすぎると柔軟性が失われる。
最適な上達法は本当に難しいので今まであまり言及はしてこなかった。
— suimon (@floodgate_fan) 2017年4月26日
格言もある程度は参考になるが
・桂馬の高飛び歩の餌食
とかも微妙になりつつあるし。
その他には流行している対矢倉の左美濃急戦において先手が居玉で迎え撃つ指し方が有力視されているので「居玉は避けよ」という格言も場合によるとしか言いようがない。(藤井システムは言わずもがな)
柔軟な考え方を取り入れたいと考えるなら、格言もその役目を終えつつあるのかもしれない。
練習相手は激指13
その後は、コンピュータ将棋との対局の話も出た。
ーネット将棋は指さないし、研究会にも行かないという話題になってからー
――ん?と、なると誰と指しているんですか?
「コンピュータと指しています。今は『激指』とやっています」――『激指』!!うちのソフトじゃないですか!ありがとうございます。
「『激指13』です」――じゅ、じゅうさん!?最新版の14ではなく?『激指14』差し上げますよ。
「いや、やはり13を攻略してからでないと」――増田先生でも13が攻略できてないんですか。
「局面によっては、なかなか勝てません」――激指って強いんですね・・・。今更ですけど。
私も以前はフリーで公開されている「なのはmini」とよく指していた時期があった(最近はすっかりやらなくなってしまったが…)、少し前のバージョンのソフトと練習対局を重ねるという方法はなかなかいいのかもしれない。
そして少しずつレーティングの高いソフトと指していけばいいのだ。
(ソフトのレーティング分布についてはhttp://www.uuunuuun.com/のサイトが詳しい)
私もソフトとの練習対局を再開しようと思った。
詰め将棋は解かない?!
ここまででも驚きの発言の数々であったが、 最後にとびきり衝撃的なものが残されていた。
Q13、詰将棋はどれくらい解きますか?
「解かないです」
――解かない!? 解かないって、どういうことですか!ホントに、全く解かない?
「本当です。全く解きません」
――あまりの衝撃に倒れそうです。
「これ、言うと変な目で見られるんですけど、詰将棋、意味ないです」
――!!将棋界に激震が走りましたよ、今。なぜ詰将棋を解かないんですか?
「実戦に出てきませんから、詰将棋は。それなら実戦に出てきた詰み筋を学んだほうがためになります」
――確かにそういう考え方もありますか。しかし解いてないというのには驚きました。ちなみに、昔から解かないんですか?
「いや、小さい頃はめちゃくちゃ解いてました。でも三段のときくらいにやめて、それからは解いてないです」
――なるほど。それを聞いて少しだけ安心しました。
以前に他の棋士が「詰め将棋は以前よりも比重が低くなっています。それより将棋はもっと前の局面が大事だからです」と答えているのを見たことがあるが、ここまで振り切れた発言を聞いたのは私も初めてだ。
この引用部分で特に重要なポイントは次の箇所だと思う。
「実戦に出てきませんから、詰将棋は。それなら実戦に出てきた詰み筋を学んだほうがためになります」
実際そういった局面を集めた棋書も発刊されている。
↓後半に収録されている「投了の真相」
しかし、増田四段クラスなら詰め将棋よりも重要なことはたくさんあるので今はそちらを重点的にやっているということだろう。
この点に関しては詰め将棋の解答能力の高さで有名な藤井聡太四段の見解も聞いてみたいところだ。
その後のインタビューではその藤井四段の話も出ている。
そして、将棋以外のプライベートな話題になり(ファン必見)、インタビュー記事は終了となっている。
ここまで衝撃的な内容のインタビューを見たのは久しぶりであった。
このインタビュー記事を通じて増田四段は非常に個性的な棋士だと感じたので今後のさらなる活躍が楽しみである。