はじめに
連盟モバイル中継でも指されているのを見ない日のほうが珍しいくらい、雁木の流行が続いている。
半年前まではほとんど指されることがなかったのになぜここまで流行するようになったのだろうか。
今回の記事ではその疑問に対して私なりの解釈で考察していきたいと思う。
雁木の歴史
雁木戦法は江戸時代の初め、在野の棋客・檜垣是安が対居飛車用に編み出した指し方で、6七と5七に銀を並べる構えは寺の屋根の木組みから着想を得たという。
もともとは受けに比重を置く作戦が主流だったが、右四間飛車との組み合わせで攻撃力が倍加した。
アマチュア棋界では二十数年前に、現観戦記者の小暮克洋さんがこの戦法を引っ提げて学生名人を獲得。将棋ジャーナル誌に雁木でガンガン!!という講座を連載し、定跡の体系化を図った。
小暮さんの考える雁木の魅力5か条は、
- ①見た目が美しい
- ②駒組みが簡単
- ③狙いが単純明快
- ④短時間での将棋で鬼に金棒
- ⑤強い相手に一発が入りやすい
ということだそうだ。
従来の雁木の駒組み
(初期局面)
(初手からの指し手)
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲7八銀 △6二銀 ▲6七銀(途中図)
△5四歩 ▲5六歩 △4二玉 ▲4八銀 △3二玉 ▲5七銀(途中図)
△8五歩 ▲7八金△8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8二飛 ▲6九玉 △4二銀 ▲5八金(途中図)
△5二金右 ▲3六歩 △3三銀 ▲4六歩 △4四歩 ▲9六歩 △4三金
従来の雁木の駒組みは
・飛車先の歩は切らす
・銀は6七、5七に並べる
・雁木+右四間
が基本的な駒組みのポイントだった。
この指し方の背景には、△8五歩に▲7七角と上がってから雁木にすると△3一角~△8六歩と角交換を狙われる展開が雁木側にとってやや不満と思われていたからだろう。
また、銀を6七と5七に並べることや右四間の駒組み以外の指し方があまり考慮されなかったのも、そもそも雁木という戦法が研究が進む前にあまり得な戦法ではないという考えのままだったので他の戦法の研究に全体的に注力していたからである。
33手目▲4八飛と右四間に構えた局面はその後攻めが決まればいいが、後手に最善を尽くされると攻め切るのは容易ではなさそうだ。
▲4八飛以下、△7三桂 ▲5五歩 △同 歩 ▲同 角△1四歩▲5六銀直 △5四金(途中図)
▲8八角 △5三銀 ▲3七桂 △4二銀左 ▲4七金 △6四歩(途中図)
▲3五歩 △同 歩 ▲6四歩 △8六歩 ▲同 歩 △6四金 ▲6五歩 △同 金 ▲同 銀 △同 桂(下図)
といった手順が一例で後手ややよし。
途中図の△5四金が力強い1手でどうも右四間からの攻めがうまく決まらない展開になっているようだ。
このように従来からある雁木の指し方は、改良により復活する可能性はあるが現在では主流にはなっていないのが現状である。
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新型雁木の駒組み
戦型:雁木
先手:2016Pona
後手:後手
(初期局面)
(初手からの指し手)
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲1六歩 △3二金 ▲7七角 △3四歩 ▲6六歩(途中図)
△4二銀 ▲6八銀 △6二銀 ▲7八金 △5四歩 ▲5八金△3三銀 ▲6七銀(下図)
従来の雁木ではやや損とされていた△8五歩に対して▲7七角と平然と指すのが今まであまり考えられてこなかった指し方。
そして旧式では銀を早々と6七、5七に並べていたが、新型は右銀の位置が鍵となるのでしばらく態度を保留している。
(上図からの指し手)
△3一角 ▲4八銀 △4一玉 ▲3六歩 △7四歩 ▲2五歩 △5二金 ▲3七桂 △4四歩 ▲4六歩 △4三金右 ▲6九玉 △7三銀▲4七銀(下図)
新型雁木は銀を6七、4七に配置するのが重要なポイント。
これによって後手から△8六歩と突かれて角交換になった場合でも角打ちの隙きのない構えなのでバランスが取れているのだ。
(上図からの指し手)
△7五歩 ▲同 歩 △8四銀 ▲7四歩 △7二飛 ▲4五歩 △同 歩 ▲6五歩 △7四飛 ▲4五桂 △4四銀 ▲4六銀 △7五銀 ▲4四角(下図)
後手は角頭を狙って7筋から攻めていくが、▲7四歩が小技。△7五銀には▲7三歩成から桂を狙えば良い。
△7二飛の瞬間が後手の攻めがやや甘いので▲4五歩から開戦。
▲6五歩で角筋を通し、上図最終図の▲4四角が大技である。
旧式の雁木では右四間から攻めようとしていたが、新型はこのように飛車を定位置のまま攻めることも可能である。(右四間にする場合もある)
ようするに攻め方の幅が広いのだ。
(上図からの指し手)
△同 金 ▲2四歩 △同 歩 ▲2二歩 △同 金 ▲5三銀(途中図)
△4三金 ▲4四歩 △5三金 ▲同桂成 △同 角 ▲4三歩成 △5二銀 ▲5三と △同 銀▲4三金(途中図)
△4二銀 ▲2四飛 △2三歩 ▲5二角 △3一玉 ▲3四飛 △3三歩 ▲4四飛(下図)
まで69手で先手の勝ち
流れるような攻めが決まり、先手の快勝となった。
評価値的にも先手が悪かった局面がなく、後手も自然に指していたようにみえるので敗着は難しい。それくらいこの新型雁木という戦法の優秀性を感じさせる1局であった。
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まとめ なぜ雁木は流行するのか
ここまで、雁木の歴史、従来の雁木の駒組み、そして新型雁木の駒組みをみてきたわけだが、将棋というものは少しの改良により今まではあまり得がないと思われていた戦法でも実際は難しいということがよくわかる一例であると思う。
そのケースが雁木というひとつの戦法で具現化されたのだが、きっとこのような現象は雁木に限ったわけではなく他の戦法も今後、急速に再検証がなされていくことだろう。
話を戻す。
なぜ雁木がここまで流行したのかということだがこれには以下のような理由があると私は考えている。
- 誘導しやすい
- 序盤で角道を止めて戦えるという安心感
- 新型雁木は未開拓の分野なので構想などを創意工夫しやすい
まず誘導しやすいという点だが、雁木は先手、後手問わず指すことのできる戦法である。よって相手が居飛車でくる可能性が高いのならかなりの確率で誘導できるだろう。
次に序盤で角道を止めて戦えるという安心感という点で考えると横歩取りのような乱戦は(特に相横歩取り、勇気流、△4五角戦法)序盤の1手のミスが取り返しのつかないことになりやすい。
大駒が常に向き合っているので激しい将棋になりやすいからである。
それに対して雁木は序盤早々に角道を止めて戦う。
これにより、時には守勢にならざるを得ないが、それでも1手バッタリでの終局という展開にはなりにくい。自分のペースで戦えるのが魅力的だ。
最後に、新型雁木は未開拓の分野なので構想などを創意工夫しやすいという点だが、まだまだ、この戦法は研究や実戦が指され始めたばかりでお互い手探りになっているという面がある。
プロ棋士は探究心のある方が多いのできっと序盤からいろいろな構想を練ることのできる新型雁木に魅力を感じているのではないだろうか。
増田康宏四段は、「矢倉は終わった」というインタビューでの発言で一躍有名になったが、矢倉という研究が進んだ戦型は中盤まで同一局面が続くというケースも過去には多かった。(91手定跡というものも存在していたほどだ)
まだまだ、新型雁木には先手、後手ともに工夫の余地がある。
今後はタイトル戦でも指されていくことになるのではないかと予想している。
参考書籍