はじめに
2017年11月12日、第5回将棋電王トーナメントが閉幕した。
優勝は平成将棋合戦ぽんぽこ。
PONANZAは3位に終わった。
そして、表彰式のスピーチの中でPONANZA開発者の山本一成さんから引退の意向が発表された。
Ponanzaもこれで引退ですね。
— 山本一成@Ponanza (@issei_y) 2017年11月12日
いろいろ手伝ってくれてありがとう。 @ak11 と @cute_na_piglets
私はコンピュータ将棋にのめり込んでから今までPONANZAの指す将棋を追い続けてきたので、この件はとても大きな出来事だった。
山本さんの発言等からある程度予期はしていたものの、実際PONANZAが引退するとなると寂しい面がある。
今回の記事ではPONANZAに対する私の想いを文章にして表していきたいと思う。
序盤の可能性
山本さんは学生時代に指し将棋の強豪として活躍していた。
しかし、その中でも将棋の序盤に息苦しさを感じていたという。
そして大学在学中に山本さんは指し将棋のプレイヤーからコンピュータ将棋の開発者へと転身した。
そのPONANZAも開発初期から途中までは人間の定跡を搭載していた。
そんな中、2014年頃からPONANZAは他のソフトよりも人間の定跡からいち早く脱却し、PONANZA独自の定跡を生成していった。
するとたちまち、独創的な序盤戦術を編み出していく。
今ほどの注目度ではないが、コンピュータ将棋に興味のある人にとっては衝撃ともいえる内容だった。
最近開催された「人間将棋-姫路の陣-」イベント内でのプロ棋士とのトークショーの中でも山本さんはその話題に触れ、「最近(ソフトの影響もあり、)将棋の序盤が楽しくなりましたよね」と生き生きと話されていた。
PONANZA由来の序盤戦術はたくさんあるが、山本さんは特に「角換わり腰掛け銀▲4八金型」に愛着があるようにインタビューでの発言や自著での見解から感じられる。
角換わり腰掛け銀▲4八金型は人間界でも古くに指されてはいたが、流行には至らず半ばお蔵入りした形となっていた。
そこにPONANZAが息吹を与える。
その効果はたちまち現れ、将棋倶楽部24の対戦で角換わり腰掛け銀の将棋になるとPONANZAは▲4八金型を連採した。
そして圧倒的内容で人間に勝っていった。
しかし、この時点で▲4八金型を採用する他のソフトはいなく、指すプレイヤーの中には「▲4八金型は本筋ではない」と考える人もいた。
そんな中、コンピュータ将棋の戦術に造詣の深いプロ棋士の千田翔太六段がこの形に注目し、公式戦で連採。
各棋戦で好成績を挙げ、この戦法の体系化に大いに貢献した。
その後、この▲4八金型の優秀性が広まり、他のソフトやプロ棋士も採用しはじめ、ひとつの作戦として市民権を得た。
今では▲5八金型よりも▲4八金型の方が普通に感じられるようになったほどである。
昔に指されていたこともあり、純粋なPONANZAの新戦術ではないが、角換わり腰掛け銀の歴史を変えたのは私は間違いなくPONANZAだと思っている。
そして引退へ
PONANZAは今年の第27回世界コンピュータ将棋選手権から本格的にディープラーニングを導入し、そのアピール文章からも大変な意気込みが伝わってきており、「優勝間違いなし」と誰もが感じていた。
しかし、結果はelmoに2次予選と決勝リーグで2連敗し、まさかの準優勝となった。
私が今、思っていることだが、どうもこの結果あたりから山本さんは引退を少しずつ意識しはじめたのではないかと思う。
他のソフトが急速的に力をつけてきており、序盤戦術においてもPONANZAの優位性は少しずつ無くなってきているのを感じた。
実際この選手権以降、山本さんはTwitterでもコンピュータ将棋に関する話題をあまりツイートしなくなった。
「気持ちはコンピュータ将棋だけではなく、すでに次に向かうものに移っているのではないか。」
私は内心そう感じつつあった。
数ヶ月後、第5回将棋電王トーナメントの参加者一覧が発表され、その中にPONANZAのチーム名はあった。
しかし、タッグを組んでいた下山さんの名前はすでに無くなっていた。
そしてひと足先に引退した下山さんの代わりに大渡さんが新たに開発チームに加わっていた。
山本さん自身は他のインタビュー記事でも話されていたが、選手権から半年ほどあまり開発はしていなかったとのこと。
引退を示唆するようなツイート、PV、そしてインタビューでの発言もあった。
第5回将棋電王トーナメント戦前の入賞予想でもPONANZAの優勝を予想する人は以前より明らかに減っていた。
それは他のソフトが猛スピードで強くなっているからだ。
そしてこの記事の冒頭の話に戻り、第5回将棋電王トーナメントでPONANZAは3位となり、引退となった。
最後のスピーチで山本さんは感極まって、涙ぐんでいた。
それは優勝できなかった悔しさや、今までの数々の激戦のことを思い出しての涙だったのかもしれない。
PONANZAが現代将棋にもたらしたもの
最後にこれはどうしても書いておきたかった。
私自身、二十代中頃の頃、一時期将棋から離れていた時期があった。
「どうも序盤戦術に息苦しさを感じる…」
他にも理由はあったが、それが1番の原因だったと思う。
そんな中、2014年11月頃、インターネット上でコンピュータ将棋の棋譜を見る機会があり、斬新な構想に触れるにつれ再び将棋に興味を持つようになった。
そして、Twitterで私自身がコンピュータ将棋に関するツイートをするようになった。
時には山本さんから反応をもらうこともあり嬉しかったのを思い出す。
私はPONANZAがいなければ再び将棋に興味を持つことはなかったかもしれない。
将棋の楽しさ・奥深さ・難しさを教えてくれたPONANZAにはとても感謝している。
自分が今までブログに書いてきたPONANZAの戦術や功績が山本さんへの恩返しとなっているならばこれに勝る喜びはない。
もうこれから新しいPONANZAの棋譜は見れないかもしれないけれど、PONANZAが今まで残してきた棋譜は今後も折を見て鑑賞していきたいと思う。