はじめに
コンピュータ将棋は近年急速に棋力が上がり、序盤戦術に大きな影響を与えています。
今回の記事では、西尾明六段が執筆した「コンピュータは将棋をどう変えたか?」のレビューを通じて、コンピュータ将棋がもたらした戦術の変化について考察していこうと思います。
コンピュータ将棋の棋譜から学べること
序章では西尾六段による「なぜコンピュータ将棋から学ぶのか」というタイトルでその見解が述べられています。
要点としては
- 実力の高さ
- 幅広い指し手
- 豊富な情報量
の3点から西尾六段は論じています。
西尾六段の論点は本で確認していただくことにして、ここでは私の「コンピュータ将棋の棋譜から学べること・学ぶことの意義」を書いていきたいと思います。
・良質な棋譜を鑑賞することの大切さ
私たちは普段、連盟モバイルアプリでプロ棋士による公式戦の棋譜をリアルタイムで鑑賞することができます。その対局はどれも内容もよい将棋が多く、大変勉強になります。
しかし、将棋というゲームは変化が膨大にあるので、プロ公式戦で指された棋譜以上に水面下では覚える局面や手筋が多いと私は考えています。
そこでプロ公式戦以外にも良質な棋譜を鑑賞する必要性があるわけですが、そこでコンピュータ将棋同士の棋譜が役に立ってきます。
例えば、角換わり腰掛け銀はコンピュータ将棋、プロの公式戦どちらでも多く指されていますが、指し手や局面の考え方で互いにリンクする面も多いです。
中盤の変化でプロ公式戦ではこう指されたけれども、floodgate(コンピュータ将棋同士が対戦するサイト)で指されていたこの指し手も有力だった…という例は少なくありません。
floodgateの棋譜を日頃から見ているとプロ公式戦で指される将棋の前提知識がついているのでよりプロ将棋が理解しやすくなるという恩恵もあります。
現代ではスマホからプロの棋譜もコンピュータ将棋の棋譜もリアルタイムでアプリから閲覧できるので、より情報戦、情報収集の大切さが浮き彫りになっていると感じています。
例えば、下図の角換わり腰掛け銀新型同型の課題局面ですが、私の手元にある、2017年のfloodgateの棋譜集では検索すると89件の将棋がヒットしました。
プロの対局では事前の研究で想定した局面まで持っていけるかが大事と聞いたことがあります。現代はコンピュータ将棋の影響もありその側面が強くなってきています。
コンピュータ将棋が定跡に与えた影響
コンピュータ将棋は従来の定跡の見解にも多大な影響を与えています。
西尾六段の著書ではその具体例を相矢倉を題材として解説しています。
矢倉といえば、序盤はガッチリと組みあって囲いを作り、攻撃形としては▲4六銀・▲3七桂型を作るのが長らく主流となっていました。
しかし、PONANZAなどの強豪ソフトが従来の定跡の見解とは違う指し手を示したことになり、結論が覆るという事態が名人戦のタイトル戦で起こりました。
PONANZAが名人戦の前に将棋倶楽部24で指した手が一部で話題となり、それを伝え聞いた森内九段が実際に採用し完勝したことが大いに話題となりました。
↓将棋倶楽部24で指された棋譜
相矢倉PONANZA新手△3七銀 棋譜 | Shogi.io(将棋アイオー)
このような例は相矢倉だけでなく他の戦法においても見受けられることが増えてきました。
その一つの例として、下図の局面があります。(西尾六段の本には載っていない局面です)
先手が角換わり棒銀に出た局面で、後手が先手に▲1五銀と出させて△4二角と受けた局面です。
古くには指されていた指し方ではありましたが、後手だけ角を手放すのは損という考えがあり、少数派の指し方でした。しかし現代の最新ソフトはこの△4二角の構想をこの局面では最善と判断します。
このように古くから指されていた指し方をコンピュータ将棋ソフトが再検証するという流れも増えてきています。
西尾六段の著書を読むと、このような変遷の流れがよく理解できます。
コンピュータ将棋が作り出す新戦法
部分的な新手や新手筋だけでなく、戦法自体にもコンピュータ将棋は影響を与えています。
矢倉戦法においては対矢倉左美濃急戦(居角左美濃)と呼ばれる、左美濃の低い陣形から大駒を大胆に切り込んで攻めていく戦法がソフトの影響もあり大流行しました。
参考記事
西尾六段の著書では矢倉以外にも、横歩取り、角換わり、雁木、相掛かり、振り飛車においてのソフトの発想を取り入れた戦法が詳細に解説されています。
雁木は古くからある戦法ですが、その作戦に少しを工夫を加えることで現代でも十分に通用する戦法だということが明らかになりました。
振り飛車はコンピュータの評価が低いなどとも言われたりしますが、その中でもソフトによって工夫された振り飛車が出てきていることにも触れられています。
三間飛車から飛車を振り戻し、雁木のように組んで戦うという指し方もよく見かけるようになってきました。
今後は、振り飛車、居飛車という垣根を越えて柔軟に局面を取られていくことが求められる時代なのかもしれないですね。
まとめ
本書は300ページを超える大著であり、西尾六段は執筆にかなりの時間を割いたと思います。
その内容は戦法の変遷を語るという面からみてもとても完成度が高く、多くの将棋ファンに読んでもらいたい一冊です。
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