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斎藤慎太郎七段 著 「矢倉左美濃急戦 基本編・最新編」の2冊レビュー

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はじめに

矢倉左美濃急戦(以下、左美濃急戦)の台頭は棋界に大きな影響をもたらした。

2016年に集中的に指され、後手(左美濃側)が高勝率をマークし注目される。

先手(矢倉側)が盛り返していた時期もあったが、徐々に後手の指し方が洗練されていき左美濃側が勝つケースが増えていった。

そして5手目▲6六歩からの矢倉を目指す将棋が激減し、5手目▲7七銀の時代へと移ろうとしている。

序盤のオープニングをも変えてしまったこの戦法を、気鋭の若手棋士である斎藤慎太郎七段が常識破りの新戦法 矢倉左美濃急戦 基本編 (マイナビ将棋BOOKS)規格外の新戦法 矢倉左美濃急戦 最新編 (マイナビ将棋BOOKS)の2冊として上梓した。

今回の記事はその2冊のレビュー記事となる。

本に書かれている具体的な手順は極力紹介しないが、この戦法の変遷が伝わるように書いていければと思う。

でははじめていきたい。

基本編

駒組みと狙い

まず「基本編」ということもあり、この戦法の基本的な駒組みの紹介からはじまる。

従来の矢倉戦とは異なるポイントも多いので左美濃急戦に関してあまり詳しくない方はまずはここからしっかりと読み進めるのをおすすめする。

駒組みのポイントは

・△5四歩としないで△6四歩型へ

・玉の囲いは△3二銀~△4二玉~△3一玉の3手

・▲2五歩に対して△3三角と受けない

の3点が重要となる。

左美濃急戦の基本図は下図のようなものである。

手数=29 ▲6九玉 まで
後手:後手
後手の持駒:なし
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・ ・v金v玉v桂v香|一
| ・v飛 ・ ・v金 ・v銀v角 ・|二
|v歩 ・v桂v銀v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・v歩v歩 ・ ・v歩 ・ ・|四
| ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 歩 ・ ・ ・ ・|六
| 歩 歩 銀 金 ・ 歩 歩 ・ 歩|七
| ・ 角 金 ・ ・ 銀 ・ 飛 ・|八
| 香 桂 ・ 玉 ・ ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:先手
先手の持駒:歩 
手数=29  ▲6九玉  まで
後手番

ここから△6五歩▲同歩△7五歩と仕掛けていき後手が有利になりやすい。

先手は2筋を切るのと▲6九玉のバランスが悪く、違う対策を考えるようになった。

対▲4六角型

左美濃急戦側としておおいに難敵となったのがこの▲4六角型である。

手数=29 ▲4六角 まで
後手:後手
後手の持駒:なし
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・ ・v金v玉v桂v香|一
| ・v飛 ・ ・v金 ・v銀v角 ・|二
|v歩 ・v桂v銀v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・v歩v歩 ・ ・v歩 ・ ・|四
| ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 歩 角 ・ ・ ・|六
| 歩 歩 銀 金 ・ 歩 歩 ・ 歩|七
| ・ ・ 金 ・ ・ 銀 ・ 飛 ・|八
| 香 桂 ・ ・ 玉 ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:先手
先手の持駒:歩 
手数=29  ▲4六角  まで
後手番

おそらく初出はニコニコ動画で人気動画だった

盤上のシンデレラ ~本田未央は純文学を破壊する~ 第12局 by 四駒関係(KKPP) アイドルマスター/動画 - ニコニコ動画

ではないかと思う。

この動画で紹介された指し方はその後、プロ公式戦で途中まで同一進行の将棋が指され、大流行した。

後手の指し方はその後改良され、角換わり腰掛け銀で指された△6二金・△8一飛をこの戦法に応用するなどして徐々に左美濃急戦側が盛り返していった。

(下図参照)

手数=30 △8一飛 まで
後手:後手
後手の持駒:なし
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v飛 ・ ・ ・v金v玉v桂v香|一
| ・ ・ ・v金 ・ ・v銀v角 ・|二
|v歩 ・v桂v銀v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・v歩v歩 ・ ・v歩 ・ ・|四
| ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 歩 角 ・ ・ ・|六
| 歩 歩 銀 金 ・ 歩 歩 ・ 歩|七
| ・ ・ 金 ・ ・ 銀 ・ 飛 ・|八
| 香 桂 ・ ・ 玉 ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:先手
先手の持駒:歩 
手数=30  △8一飛  まで

斎藤七段の著書「基本編」ではこの対▲4六角型に対して多くのページを割いて解説しており、この戦法の狙い筋と変遷がよく分かる内容となっている。

対▲8八角、▲3八飛

第3章では対▲8八角、第4章では対▲3八飛について解説されている。

対▲8八角は先手も8八に角を据え置きして対抗しようという作戦だが、

下図のように、銀を攻めに繰り出して△4四歩~△4五歩と対抗すれば左美濃急戦側がよくなる。

手数=29 ▲4六銀 まで
後手:後手
後手の持駒:なし
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・ ・ ・v金v玉v桂v香|一
| ・v飛 ・ ・v金 ・v銀v角 ・|二
|v歩 ・ ・ ・v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・v歩v歩v銀 ・v歩 ・ ・|四
| ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 歩 銀 ・ ・ ・|六
| 歩 歩 銀 ・ ・ 歩 歩 ・ 歩|七
| ・ 角 金 ・ 金 ・ ・ 飛 ・|八
| 香 桂 ・ ・ 玉 ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:先手
先手の持駒:歩 
手数=29  ▲4六銀  まで

後手番

また、対▲3八飛には△6二飛~△6五歩という攻めが有力で後手が戦える。

(下図参照)

手数=23 ▲3八飛 まで
後手:後手
後手の持駒:なし
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・ ・ ・v金v玉v桂v香|一
| ・v飛 ・ ・v金 ・v銀v角 ・|二
|v歩 ・v歩 ・v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・ ・v歩v銀 ・v歩 ・ ・|四
| ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 歩 ・ 歩 ・ ・|六
| 歩 歩 銀 金 ・ 歩 ・ 歩 歩|七
| ・ ・ 金 ・ ・ 銀 飛 ・ ・|八
| 香 桂 角 ・ 玉 ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:先手
先手の持駒:なし
手数=23  ▲3八飛  まで

後手番

ここまでが基本編のおもな内容である。

次節から最新編のレビューに移る。

最新編

先手の工夫

基本編では紹介されなかった先手の工夫策、「早囲い」「横歩取り」「一直線棒銀」が解説されている。

結論としてはそれぞれ有力ながら後手が正確に応じれば後手有利に導くことができる。

この3つの対策の中で「横歩取り」についてポイントを挙げてみる。

参考棋譜 その1

対矢倉左美濃急戦(横歩取り その1) | Shogi.io(将棋アイオー)

手数=29 ▲3四飛 まで
後手:2016Pona
後手の持駒:なし
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・ ・v金v玉v桂v香|一
| ・v飛 ・ ・v金 ・v銀v角 ・|二
|v歩 ・v桂v銀v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・v歩v歩 ・ ・ 飛 ・ ・|四
| ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 歩 ・ ・ ・ ・|六
| 歩 歩 銀 金 ・ 歩 歩 ・ 歩|七
| ・ 角 金 ・ ・ 銀 ・ ・ ・|八
| 香 桂 ・ 玉 ・ ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:先手
先手の持駒:歩二 
手数=29  ▲3四飛  まで

後手番

(上図からの指し手)
△4四角▲4六歩 △5四銀 ▲4七銀 △6五歩(途中図)

手数=34 △6五歩 まで
後手:2016Pona
後手の持駒:なし
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・ ・v金v玉v桂v香|一
| ・v飛 ・ ・v金 ・v銀 ・ ・|二
|v歩 ・v桂 ・v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・v歩 ・v銀v角 飛 ・ ・|四
| ・v歩 ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 歩 歩 ・ ・ ・|六
| 歩 歩 銀 金 ・ 銀 歩 ・ 歩|七
| ・ 角 金 ・ ・ ・ ・ ・ ・|八
| 香 桂 ・ 玉 ・ ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:先手
先手の持駒:歩二 
手数=34  △6五歩  まで

▲同 歩 △同 桂 ▲6六銀 △8六歩 ▲同 歩 △8五歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8六歩 △5七桂不成▲同 金△2五飛(下図)

手数=46 △2五飛 まで
後手:2016Pona
後手の持駒:歩 
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・ ・v金v玉v桂v香|一
| ・ ・ ・ ・v金 ・v銀 ・ ・|二
|v歩 ・ ・ ・v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・v歩 ・v銀v角 飛 ・ ・|四
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・v飛 ・|五
| ・ 歩 歩 銀 歩 歩 ・ ・ ・|六
| 歩 ・ ・ ・ 金 銀 歩 ・ 歩|七
| ・ 角 金 ・ ・ ・ ・ ・ ・|八
| 香 桂 ・ 玉 ・ ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:先手
先手の持駒:桂 歩四 
手数=46  △2五飛  まで

矢倉左美濃急戦における「横歩取り」とは▲3四飛と横歩を取って先手が主導権を握ろうとする指し方である。

それに対して先手の飛車を安全に2筋に戻されては、将来の▲3四桂等のキズもあり、後手が悪くなる。

後手としては▲3四飛の瞬間に△4四角と上がるのが好手となりやすい。
これは先手の飛車の動きに制約をかけるとともに、△4五銀、△3三桂のような駒の活用、そして参考棋譜のように△6五歩から仕掛けて桂捨てからの△2五飛という飛車の大転換の構想も考えられる。

このような指し方が有力となり、「横歩取り」に対しては左美濃側がうまく戦える。

参考棋譜 その2

対矢倉左美濃急戦(横歩取り その2) | Shogi.io(将棋アイオー)

手数=21 ▲6六角 まで
後手:後手
後手の持駒:歩二 
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂v銀v金v玉 ・ ・v桂v香|一
| ・ ・ ・ ・ ・ ・v金v角 ・|二
|v歩 ・v歩v歩 ・v歩v銀v歩v歩|三
| ・ ・ ・ ・v歩 ・v歩 ・ ・|四
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 歩 ・|五
| ・ ・v飛 角 ・ ・ 歩 ・ ・|六
| 歩 ・ ・ 歩 歩 歩 銀 ・ 歩|七
| ・ ・ 銀 ・ ・ ・ ・ 飛 ・|八
| 香 桂 玉 金 ・ 金 ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:2016Pona
先手の持駒:歩 
手数=21  ▲6六角  まで
後手番
後手の工夫

 第2章では「後手の工夫」ということで「△7四歩早突き」「△8五歩保留」の2つの作戦が紹介されている。

「△7四歩早突き」は先手の対応によっては後手が居玉で仕掛けていくことのできる作戦。

ただし、先手が正しく対応すれば通常形に戻ることになる。

また、「△8五歩保留」は序盤で△8五歩▲7七銀の交換を入れずに駒組みを進める指し方。

先手の対応によってはすぐに後手がよくなる変化もあるが、△8五歩に対して▲7七角と上がる指し方には後手も工夫が求められる。

どちらの指し方もまだまだ前例が少ないので、独自に研究を進めるのも面白いだろう。

5手目▲7七銀

「最新編」のメイン項目であり、かつ現代矢倉において最重要課題とも言えるのがこの「5手目▲7七銀」に対する後手の指し方である。

その指し方は多岐に渡るが、5手目▲6六歩の時と全く同じ作戦は成立しにくい。

なぜならば、5手目▲6六歩はその後△8五歩▲7七銀と進んだ時に先手の角(8八)の利きが7七の銀と6六の歩で二重に利きが止まっているのに対して、5手目▲7七銀の場合は▲6七歩型なので後手からの△6五歩の攻めがやや効力が弱くなるからだ。

後手の作戦として考えられるのは、「左美濃+早繰り銀」「左美濃+△5三銀」「△4四角」「△3二金」等である。

結論から言うと、最有力は「△3二金」というのが斎藤七段の研究である。

しかし、その他の作戦もそれぞれがリンクしている面もあるので、ひと通り目を通しておくのがよいだろう。

特に「△4四角」は一時期コンピュータ将棋ソフト(SILENT_MAJORITY等)がfloodgateで指していた。

参考棋譜

5手目▲7七銀(△4四角) | Shogi.io(将棋アイオー)

手数=10 △4四角 まで
後手:SM_2c
後手の持駒:なし
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・v金v玉v金v銀v桂v香|一
| ・v飛 ・v銀 ・ ・ ・ ・ ・|二
|v歩 ・v歩v歩v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・ ・ ・ ・v角v歩 ・ ・|四
| ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・ 歩 ・|五
| ・ ・ 歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・|六
| 歩 歩 銀 歩 歩 歩 歩 ・ 歩|七
| ・ 角 ・ ・ ・ ・ ・ 飛 ・|八
| 香 桂 ・ 金 玉 金 銀 桂 香|九
+---------------------------+
先手:Aqours
先手の持駒:なし
手数=10  △4四角  まで

先手が対策を知らなければ面白いように形勢を有利にすることができるだろう。

番外編

番外編として「対雁木」「先手左美濃急戦」の2つがピックアップされた。

「対雁木」は後手が左美濃から早繰り銀の速攻を仕掛ける形が解説されている。

解説ページ数は少ないが、基本的な形は紹介されているので、ここで紹介されている変化をベースとして、雁木側および左美濃側ともに研究を進めていくのがよいだろう。

また、「先手左美濃急戦」では4手目△4四歩からの矢倉に対しての左美濃急戦と「無理やり矢倉」に対する左美濃急戦が紹介されている。

後手番の時よりも1手早いことの利を活かして、一気に攻め立てていく姿勢が大事となる。

注意すべきは先手番なので中盤で「千日手」にならないように気をつけること。

それさえクリアーできればマイナーな指し方の矢倉には十分作戦勝ちに持ち込めるだろう。

まとめ

今回の記事を書くにあたって「矢倉左美濃急戦 基本編・最新編」の2冊をあらためて読み返してみたが、非常に仕上がりの良い2冊になっていると感じた。

実戦譜の解説なしで2冊合わせて500ページ近い大ボリュームである。

この「矢倉左美濃急戦」という突如現れた矢倉に対する有力な急戦策を誰が執筆するかというのは以前から将棋ファンの間では注目されていた。

その中で斎藤慎太郎七段が執筆に当たったわけだが、その内容は網羅性もよく、斎藤七段の執筆でとてもよかったと感じている。

手前味噌ながら、斎藤七段は執筆の際に当ブログの記事も参考にされたそうだ。

↑はTwitterでの私と斎藤七段のやりとりだがとても嬉しかったのを覚えている。

 

この2冊は左美濃急戦を指すものにとって長年に渡って重宝されるバイブルになるだろう。